ずいぶん前の話、私がサラリーマンだった時の話です。
海外営業部の後輩と二人で半月ほどアメリカ各地を回る機会がありました。当時私は開発設計部。海外商談の技術サポートと業界会合への出席が目的の業務出張でした。
それまでにも海外出張の機会はあったのですが、役員や上司、サポートしてくれる取引先のかたなどがまったくいないというのは初めてでした。幸いその後輩が長期留学経験があって語学に長けていたので、おんぶにだっこで何とかなったわけですが、おんぶにだっこは先輩としてちょっと恥ずかしかったことを今でも覚えています。
出発前は、英語表記の名刺を自前で(自宅で)作ったり、商談用の技術資料を準備したりして、しっかり結果を残してこようと意気揚々でした。しかし、慣れない外国で、全部を二人でこなしながら旅をするというのは想像以上にたいへんでした。飛行機で移動しては商談や会合、そしてまた移動の連続で、接待や懇親会も毎晩夜遅くまであります。アメリカのビジネスマンは圧倒的にタフで長時間労働です。英語もよくわからないし、会う人すべてが初めましてだし、毎日が緊張の連続です。当時まだ1歳ちょっとだった娘と妻を二人きりで残してきていることも気になり、ホームシックにもなり、次第に疲れがたまっていきました。
出張後半で参加した会合のパーティでも、疲れ果てて食欲もなく、誰とも懇親せずただ座っているだけでした。
そのとき、同じテーブルにいた男性2人から声をかけられました。
「写真を撮ってくれないか?このカメラのシャッターを押してくれないか?」
と頼んできたのです。
しかし私、力なく愛想笑いをして逃げるように席を立ち、そのまま宿へ戻ってしまいました。
「なぜなんだ?とても丁寧にお願いしたのに」
そんな二人の困惑の会話を耳にしながら。
結局、用意していった英語表記の自作名刺は出張中1枚も配ることができませんでした。出発前夜に遅くまで印刷を手伝ってくれた妻の顔が浮かび、なんとも情けなく恥ずかしい帰国となりました。
英語が全くわからなかったわけではありません。言葉の問題ではなかったのです。
海外ビジネスの現場の雰囲気やパワーに圧倒されてしまい、自信を喪失してしまい、勝手に委縮してしまい、「だめだ俺なんか通用しない。もういやだ帰りたい」と自らネガティブになってしまった結果でした。もしかすると同じような経験をした人もいるかもしれませんが、この出張は私にとって、けっこうな黒歴史となりました。
今でも当時のことを思い出すと苦笑いしてしまいます。
同時に、今だったらどうかな?とも思います。
もうこういった海外出張の機会はありませんが、もし今の自分だったら、いろんな経験を積んできた今だったら、もう少し堂々と渡り合えたかな?友達100人できたかな?そんなことも思います。
新年度となり、あらたに社会人として第1歩を踏み出した人もたくさんいることでしょう。
これからきっといろんなことがあるし、黒歴史もたくさん作ってしまうと思うけど、がんばってほしいものです。
写真は、当時の写真をアルバムから何枚か出して並べたものです。
